子どもの学び

ある日の午後、クラスから職員室に戻ってきた先生が、とても嬉しいそうに話し始めました。

「今日ね、作品展のお人形をクラスで作ってたんだけど、Aちゃんがね、もうすごいの!どんどん自分で工夫して作りこんでいって。後ろに髪をつけたりしてすごくかわいいの!あまりに夢中だから、時間が終わっても『やってていいよ』って言って、とことんやらしてあげちゃった」。みんなでAちゃんのことをほめて、盛り上がったひとときでした。

子どもたちが何かに夢中になっているとき、その子の中では、好奇心と知性がフル回転しています。すさまじい吸収力で学び、学ぶ喜びを感じているのです。

ですから、そんなときはできればとことんまでやらしてあげるのが一番。大人の理屈やクラスの事情などで中断させるのは好ましくないのです。

「あそびが学び」、クラス活動や一斉保育の学びも大事だけど、一番大切なこの根本を忘れないようにする。私はいつも、先生たちにそのように伝えているのですが、うちの先生たちは私が心配するまでもなく、十分にわかって実現していてくれているなぁと、とても嬉しくなりました。そして子どもの喜びに深く共感して、自分のことのように喜んであげるその先生をとても素敵に感じました。

何かに興味を持ってはじめたとき、とことんまでやらしてもらえたら、その子の中には、やりきった充実感と満足感がひろがり、頑張ることの素晴らしさと幸福感を知ることができます。

実際、私にも、大人になっても忘れられない幸せな思い出があります。

小学校3年生の図工の時間。紙を使って好きなものを作る工作の時間に、私は当時好きだったアニメの乗り物を作りました。作っているうちにどんどん面白くなってきて、どんどん大きくなって作りこんでいって。どんな工夫をしたか、今でも覚えています。そして、図工の時間が終わって次の授業が始まるのですが、あまりにも嬉しそうに作っていたからでしょう、担任の先生は、そのまま作らせてくれたのです!

低学年なので図工専科の先生でもなく、図工室の授業でもなかったので、そのようなことができたのでしょうが、私ともう1人だけは、別の授業が始まったのに、ずっと作らせてもらいました。このことは何十年もたった今でもずっと鮮明に覚えています。

ひとつのことに懸命にとりくむことの喜びや充足感は、ずっと忘れられない経験になるのです。

小学校というカリキュラムの中にあるにもかかわらず、子どもの育ちを最優先して型破りな授業をしてくれた先生に、今になって心から感謝と尊敬をしています。

そしてもうひとつ大切なことがあります。

それは、自分のやることや頑張りを認めてもらえると、自分が認められたという喜びと幸せを感じ、自己肯定感が育まれるということ。

ほめてもらい、認めてもらうと、心のなかに、とても幸せな思い出が刻まれます。この幸福感と、やりきった満足感、充実感、達成感などが、これからの人生において「学ぶ」ということを実行するさいの核になるのです。

この「核」があるかないかで、今後の子どもの学習に対する姿勢は大きくかわってきます。

英語や習い事、たくさんあります。でも、知識やスキルは、子どもにはあまり必要ありません。大切なことは、習い事を通じて何を学ぶか、ということですが、もっとつきつめて言えば、「学ぶ喜びと充実感」と「自己肯定感」だけを学べばいいのです。

それぞれの子には、それぞれスイッチが入る瞬間があります。何かに好奇心をもって、その子の知性が動きはじめたとき、それを見逃さずに興味を盛り上げて、うまく学びへ導くことができるのが、幼稚園の先生です。これは幼児教育をきちんと学ばないと、なかなか難しいことです。しかしながら、本当に大切なことですから、幼児教育者は日々努力をして研究しています。

そして、知性が躍動して子どもがあそびに集中しているとき、とことんまでやらしてあげられるのが、幼児教育を行う「幼稚園」のいいところです!子どものあそび=学びを一番大切にする。子どもの学びのきっかけを見逃さないで育てていける。慈光幼稚園はそんな幼稚園であるように、すべての先生が毎日頑張っています!

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